1週間の放送は今日が最終でエピソードの1つが終了した。
物語は人気女優やベテランの脇役陣が支えていて人気も上々とのこと。
今日見てみると、物語のテーマにしていることが少しずつ明らかになった気がする。
それは、設定で描かれているけれど、3年前とされるあの東北大地震。
実はその地震の記憶がモネちゃんのトラウマになっている可能性が。
その時の記憶が彼女を島から出たいと思わせるきっかけになっている。
大惨事の時に、自分は何もできなかった。
それは誰にとっても不可抗力の出来事なんだけど、多感な少女は自分の無力さを激しく自問自答することになっている。
物語の1番のテーマはどうやらその辺。
目次
登米能
物語の中で描かれる薪能は本当に本格的に作られている。
踊り手も演奏する人たちもまた歌い手たちも本物。
これだけでずいぶん値打ちのあるものを見せてもらったなぁとひとしきり感心。
能舞台って舞台の下に確か瓶を埋めているんだよね。
その上で踊り手が足を踏むとかなり良い音でドスンと響く。
はるか昔そんな種明かしを聞いたことが。
物語の中ではサヤカさんは笛の担当で演奏をしていた。
彼女は自らの役割を、木を伐採することでこの能舞台を未来に向かって残すべきと考え始めているようだ。
一旦は断った御神木の伐採はどうやら決心がついたらしい。
伐採を許可する形で後世に残るものをと考えたらしい。
この登米能の打ち上げの時に、サヤカさん宛にモネちゃんのおじいちゃんから電話が。
それは孫の近況を確認するための定時連絡のようなもの。
孫の明るい笑い声を聞いて胸を撫で下ろすおじいちゃん。
その時にも語られていた。
孫は高校卒業するときにこの島を出たいと言っていたんだ。
思春期の娘の事なので、私も深くは追求しなかったが。
孫の気持ちがどんなものなのかはいつも気になっていると。
便宜をはからってもらってそちらで就職させてもらっているが、元気にしているかとても気になるところ。
ドラマの大きな流れの中で何気なく会話の形で挿入されたこのエピソードが、物語の1番語らなければならない大切な部分を小出しにする形で描いている気がする。
この島を離れたい
気象予報士朝岡覚さんに連れ立って朝霧を見ようとする。
その深遠な様子を見ていると、3年前気仙沼で見ていたあの大地震のときの惨劇がトラウマとなってよみがえってくるのだ。
この時、霧を見ながら当時を思いつつ目から涙を流すモネ。
そしてその涙を見て思わず黙ってしまう朝岡氏とサヤカさん。
この子の心の中には一体何があるんだろうか?
しかしドラマの中のこのときの様子は大人が多感な少女の心を守ろうとするようにもみえた。
この心の中に残った傷を何とかして乗り越えなければ、自分が未来に何をすべきか図ることができずにいる。
今日はこのドラマの最初の頃からなんとなく感じていた違和感の理由がこの辺で語られた気がする。
気象予報士の見せる奇跡
自分が撮った彩雲の写真を朝岡氏にみせるモネちゃん。
この雲を見るといいことがあると言われてますが本当でしょうか?
迷信です(キッパリ)
夢を壊して申し訳ないですが、その時の気象の様子でどこに見えるか大体見当がつくんですよ。
そう言いつつ、風車の方を指差して今から10分後この方向の空を見上げてください。
彩雲が見えるはずです。
そして、もし見えなかったら電話を下さい。
その時は謝ります。
かなりの自信だね。
しかしその時の太陽の方角とか、雲の流れ、また湿度気圧配置等を総合すると意外と予想できるのかも。
中央アジアの古くから住む民族は、しんきろうがどの方角にどういった地域のものが現れるかを熟知していると聞いている。
つまり気象条件で、今の時期ならどこそこの景色があちら側の空にしんきろうになって出るはずと判断するらしいのだ。
気象学の奥深さを思い知らされたシーン。
百音が抱えるトラウマ
3年前の大震災の時に、助かってはみたけれどそのときの惨劇をいまだに心に残している。
確かに今でもテレビ放送などで、地震の映像を流すときには必ずお断りが入る。
それは、気分の悪くなる人が発生するとのことに配慮しているから。
テレビではもちろんだが、私はYouTube等で映像を何度も確認したが、危機一髪で逃げている人たちがどれだけたくさんいただろうか。
ただあの大津波の中でそこに滞在していた人たちの多くは命を落としたはず。
そう思ったらとても笑顔で何か画面を見れないよね。
あの津波の下では大勢の人たちがなくなっている可能性が。
モネちゃんのトラウマはその時何もできなかった自分をまっすぐな心ゆえに責めていた。
しかし、今日のエピソードの1番最後で、天気予報が彼女に元気と生きる勇気を与えたように描かれていた。
世の中には人を感動させる、感心させることがきちんと存在していると。
1週間の物語がこの辺できちんとまとめられていた気がする。