7月8月のオリンピックがあった関係で青天を衝けはいくつか放送のない曜日があった。
今日から再開して明治以降の本来の渋沢栄一の姿が描かれる。
しかし残りの放送回数を見てみると今日を入れても16回。
年内で終了することになっているので、あとどれだけの内容が盛れるのだろうか。
時代の移り変わりを描く事はすなわち、どれだけ大勢の犠牲が払われたかをつまびらかにすること。
栄一がフランスへ行って帰国するまでのわずかな間でさえ大政奉還がなされ、いくつかの戦があって、徳川幕府はついに終焉を。
徳川慶喜は幕府の最高責任者なので責任は極めて重いと言えるが、しかし粛清される事はなかった。
徳川慶喜は徳川家ゆかりの地駿府で謹慎をしつつ余生を送ることになる。
渋沢栄一と慶喜とのやりとりや、血洗島での家族との再会が描かれる。
目次
帰郷
血洗島に帰ってくる途中、長七郎と再会する様子が描かれていたので、そうなのかと思って見ているとあてが外れる。
これは夢を見ていた栄一の記憶。
血洗島に帰って見て聞かされたのは、長七郎はすでに亡くなっていた。
彼の生き様を考えれば、不本意な死を選ばざるを得なかった。
複雑な気持ちを抱きつつ故郷に帰ってみると、景色は出発前と何ら変わっていない。
そしてそこに住む人たちも皆昔と同じように過ごしていた。
ずいぶんたくさん時間が経ったような気がするが、歴史的に見てもわずか数年のこと。
それほど大きな変化があったとは考えにくいが、いかんせん明治維新の真っ最中。
かつての日本はその体制を大きく変化させてきたのだ。
歴史の教科書で習うのは徳川幕府消滅、王政復古。
しかしこれは、表向きの言葉で、その裏側にどれだけの登場人物がいて、どれだけの犠牲が払われたのか、さらにはどれだけの邪な考えを持った者が暗躍したのか。
裏側に隠されたことがこの大河ドラマの中でもキャラクターとして語られる可能性がある。
家族との再会
妻 千代と娘 歌。
家族との再会がどれだけ嬉しかっただろうか。
それは栄一本人はもとより、何よりも日本で待っていた家族たちのほうがはるかに嬉しかったに違いない。
帰ってこれるかどうかすら定かでは無い洋行なのだ。
帰ってきてまず知らされたのは尾高家の様子。
何よりも妻の千代は尾高家の出身で、兄弟2人が既に死んでいるのだ。
そしてその責任の一端は自分にあると激しく自身を責めていた。
そのことを違うといたわる栄一。
何年間か離れ離れになったことも、夫婦の空白の時間が再会したことによって一気に埋められる。
当然のことながら、墓参りその他やらねばならないことがたくさん
長七郎 平九郎の死
平九郎は青天を衝けでも描かれた通り、幕末の動乱の中幕府軍として戦い、戦に敗れた後自刃して果てた。
その最後は壮絶なものだったと聞く。
切腹して果てた後、明治政府の役人たちによって首を切り落とされそのまま街にさらされたと聞いた。
そして物語の中でも語られていたが、その首を犬が咥えて持ち去ったと。
あまりにも気の毒な最後と言わざるを得ない。
彼は渋沢家に婿養子として入った身分。
幕府の家来として、明治政府軍と戦うしかなかった。
そして長七郎は長く投獄されていたものが明治維新の年に(1868年)晴れて出所できたが、残念ながら既に体力も気力も根こそぎ奪われており、その年の冬になる前に病没する。
尊王攘夷の戦士として活躍することを夢見ていたが、残念ながら不本意な人生を送らざるを得なかった。
今日の物語の冒頭で出会った長七郎は夢の中での話。
既に亡くなっていることになる。
再会 徳川慶喜
渋沢栄一はフランス行きの報告を兼ねて徳川慶喜に謁見を申し込み受け入れられた。
駿府で謹慎している慶喜は既にかつての輝きは失われていたが、どうやら元気そうにしているのは喜ばしい限り。
栄一が語って聞かせるパリでの話をうれしそうに聞いているあたり、もう何年も過ぎたかのような雰囲気。
栄一にしてみれば大政奉還から明治維新に至るまでの慶喜の振る舞いに言っておきたいことも山ほどあったに違いない。
しかし徳川慶喜はその栄一の様子を穏やかに制する。
もう過ぎたことだと。
渋沢栄一は尊王攘夷から一橋家の家臣となり、そのまま幕臣となった。
そしてパリへ派遣されたが、行き先で肝心の徳川の世の中が消滅。
まったく、身分の保証も何もないまま帰ってくるしかなかった。
しかし、渋沢栄一の本当の値打ちはここからになる。
明治に入ってからヨーロッパで学んだ様々なシステムや知識などを生かして日本の発展に大いに貢献することになる。
残りの放送回数で明治以降の様々な著名人が物語には登場するはず。
それらの海千山千の役者たちと栄一がどれだけ巧みに渡り合えるのか。
青天を衝けはここからが本番だと個人的に思う。